【第78話】夏の疲れは、少し遅れてやってくる

「朝晩は、ちょっとマシになってきたな」

翔太が空を見上げると、真夏の頃とは少し違う風が吹いていた。

あれほど厳しかった暑さも、ようやく峠を越えたように感じる。

「これで警備も少し楽になりますね」

花吉がうれしそうに言った。

「そうやな。でも、こういう時期こそ気ぃつけなあかんで」


寺中さんの言葉に、花吉が首をかしげる。

「暑さのピークは過ぎたんですよ?」

「暑さが過ぎても、疲れまで一緒に消えるわけやないからな」

その日の午後。

花吉の誘導棒を振る動きが、少しずつ鈍くなっていた。

本人はいつも通りのつもりでも、翔太には分かった。

「花吉、水分とってる?」

「はい。でも、なんか今日は体が重くて……」


「たぶん夏の疲れやな」

真夏の警備は、暑さとの戦いだ。

強い日差し、照り返すアスファルト、汗で濡れる制服。

そんな毎日を何週間も乗り越えてきた体には、自分が思っている以上に疲れがたまっている。

少し涼しくなると、気持ちは楽になる。

だからこそ、自分の疲れに気づきにくい。


「しんどい時に怖いのは、集中力が落ちることや」

寺中さんが言った。

「警備は、一瞬の判断が大事や。疲れてる時ほど、いつもより丁寧に確認せなあかん」

翔太はうなずいた。

車を見る。

歩行者を見る。

仲間の動きを見る。

いつもなら無意識にできることも、疲れている時には意識して確認する。

それだけで防げるミスがある。


休憩に入ると、花吉はいつもより静かだった。

「今日は早めに寝たほうがええかもな」

翔太が言うと、花吉は苦笑いした。

「暑くなくなったから、もう大丈夫やと思ってました」

「俺もそう思ってた。でも寺中さんの言う通りやな。夏を乗り切ったからって、体まで元通りになったわけちゃうんや」

寺中さんは二人の話を聞きながら、ゆっくりとうなずいた。

「無理できることと、無理してええことは別やで」

その言葉が、翔太の心に残った。


警備員は、現場に立てば安全を守る側になる。

自分が疲れているからといって、車や歩行者は待ってくれない。

だからこそ、体調を整えることも仕事の一つなのだ。

仕事を終えた翔太は、夕方の空を見上げた。

真夏より少し早く、空が夕暮れの色に変わっていく。

夏は、もうすぐ終わる。

でも、夏を乗り越えた体には、まだ休息が必要なのだ。

頑張ることだけがプロじゃない。

自分の疲れを知り、必要な時にはしっかり休む。

そして現場に立った時には、いつも通り安全を守る。

それもまた、警備員に必要な大切な力なのだ。


つづく