【第79話】夜の現場を守る

日が沈み、街の明かりが灯り始めるころ、
翔太たちの夜間警備が始まった。

昼間なら遠くまで見渡せる道路も、
夜になると人や車の動きが見えにくくなる。

「夜はな、見えているつもりが一番怖いんだ」

寺中さんが言った。

「見えないと思っていれば注意する。
でも、見えていると思った瞬間に油断が出る」


翔太は周囲を見渡した。

道路の小さな段差。
工事用の資材。
暗い服を着た歩行者。
ライトをつけずに近づいてくる自転車。

昼間ならすぐに気づくものでも、
夜になると危険な存在に変わる。

だから夜間警備では、
昼間以上に早く危険を見つけなければならない。


そして、もう一つ大切なことがある。

自分が相手を見るだけではなく、
相手から自分がどう見えているのか。

翔太は右手の誘導棒を大きく振った。

小さな動きでは、暗闇の中では伝わらない。
止まるのか、進むのか。
運転手が迷わないようにはっきり合図を出す。

そして、運転手の顔を見る。

こちらの合図に気づいているか。
減速しているか。
本当に止まろうとしているのか。


「車が止まるまでは、止まったと思うなよ」

寺中さんの声が飛んできた。

「はい!」

翔太は返事をして、もう一度道路を確認した。

夜が深くなるにつれて、
道路を走る車も少なくなってきた。

現場は静かだった。

聞こえるのは遠くを走る車の音と、
ときどき吹く風の音くらいだ。


車も来ない。
人も来ない。
何も起きない。

そんな時間が長く続く。

しかし警備員にとって怖いのは、
忙しい時間だけではない。

何も起きない時間が続くほど、
集中力を保つことが難しくなる。

眠気も出てくる。
疲れもたまってくる。
時計を見る回数も増えてくる。


翔太は姿勢を正した。

右、左、工事車両の出入口、歩道。

異常はない。

それでも確認を続ける。

一度見たから大丈夫ではない。
十分前に安全だったから、
今も安全とは限らない。

状況は常に変わっている。

その小さな変化に気づくことが、
警備員の大切な仕事なのだ。


やがて東の空が少しずつ白くなってきた。

新聞配達のバイクが走り、
街にも少しずつ人の気配が戻ってくる。

長かった夜が終わろうとしていた。

翔太は明るくなっていく空を見上げた。

今日も事故はなかった。
大きなトラブルもなかった。
誰かに褒められるような出来事もなかった。

けれど、それでいい。

何も起きなかったということは、
誰かが無事に家へ帰り、
いつも通りの朝を迎えられたということだ。

危険が起きてから動くのではなく、
危険が起きないように見守る。

それが警備という仕事なのだ。


「お疲れさん」

寺中さんが言った。

「はい、お疲れさまでした」

翔太は誘導棒を消した。

朝の光の中で見る現場は、
昨夜とはまるで違って見えた。

何もなかった夜。

けれど、その「何もなかった」を守った一晩だった。

翔太は少しだけ胸を張って、
夜勤を終えた。


つづく

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