【第77話】大雨の日

朝から、雨が降り続いていた。

ザーッという雨音が、詰所の屋根を絶え間なく叩いている。

「今日は一日、こんな感じか……」

翔太は窓の外を見ながら、雨具を手に取った。

現場に出ると、いつもの景色が少し違って見えた。


通路には水たまりができ、床は滑りやすくなっている。
風にあおられた傘で、周囲が見えにくそうな人もいる。

大雨の日は、それだけで危険が増える。

翔太は巡回しながら、排水口に落ち葉がたまっていないか確認した。
入口付近の濡れた床も、いつもより念入りに見る。

「ここ、ちょっと危ないな」

人がよく通る場所に水が入り込んでいた。

翔太はすぐに注意表示を出し、できる範囲で水を拭き取った。

しばらくすると、一人の高齢の女性が傘をたたみながら入ってきた。


足元がおぼつかない。

「滑りやすくなっています。ゆっくりで大丈夫ですよ」

翔太が声をかけると、女性は足元を確認しながら歩いた。

「ありがとう。雨の日は怖いねえ」

「今日は特に気をつけてくださいね」

女性を見送って、翔太はもう一度床を見る。


晴れた日なら、何でもない場所だ。

でも、雨が降れば危険な場所になる。

警備の仕事も同じなのかもしれない。

いつも同じように見えても、
天候や時間、人の流れによって危険は変わる。

だから、昨日と同じように巡回するだけでは足りない。

「今日、どこが危ないか」

それを考えながら歩くことが大切なのだ。


午後になって、雨脚はさらに強くなった。

翔太は外周を巡回しながら、側溝や看板、風で飛びそうな物がないかを確認していく。

雨具はびしょ濡れになった。

それでも、異常がないことを一つずつ確かめる。

何も起きなければ、それでいい。

誰かに褒められることもない。
翔太が何を確認したのか、知らない人のほうが多いだろう。

それでもいい。

事故が起きてから動くのではなく、
起きそうなことに先に気づく。

それも警備員の仕事なのだ。


夕方。

少しだけ雨が弱くなった空を見上げて、翔太はつぶやいた。

「何もなかった。それが一番やな」

大雨の日も、現場の一日は静かに終わっていく。

その「何もなかった一日」の裏側には、
誰にも見えない小さな確認が、いくつも積み重なっていた。


つづく

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