【第76話】気がゆるむとき

お盆期間中の警備が、ようやく終わった。

連日の暑さと人の多さ。
駐車場は朝から混雑し、問い合わせも多く、翔太たちは一日中気を張り続けていた。

「いやぁ……終わったぁ」

翌朝、いつもの現場に立った翔太は、思わずそうつぶやいた。

お盆の混雑が嘘のように、今日は車も人も少ない。
無線も静かだった。


「今日は楽そうですね」

翔太が言うと、隣にいた寺中が少しだけ笑った。

「そうやな。でも翔太、こういう日のほうが気ぃつけや」

「え? 忙しい日のほうが危なくないですか?」

「もちろん忙しい日は危ない。でもな、人間って忙しい時は勝手に集中するんや」

寺中は駐車場を見ながら続けた。

「怖いんは、終わったあとや」


その時だった。

一台の車が、駐車場からゆっくりと出てきた。

翔太は気づくのが少し遅れた。

慌てて誘導棒を上げる。

幸い、車も歩行者も十分に距離があり、何事もなかった。

だが翔太は、自分がほんの少しぼんやりしていたことに気づいた。


「……今のことですね」

「そういうことや」

寺中は翔太を責めなかった。

「事故ってな、『今日は忙しいぞ』って日に起きるとは限らん。『今日は大丈夫やろ』って思った時に起きることもある」

翔太は誘導棒を握り直した。

忙しい日には、
「絶対に見落とさないようにしよう」と思う。

でも、暇な日には、
いつの間にか「大丈夫だろう」が入り込んでくる。

警備員が守らなければならないのは、
忙しい日だけではない。

何も起きそうにない日も、
何も起こさないために立っている。


「寺中さん」

「ん?」

「暇な日って、楽な日じゃないんですね」

寺中が笑った。

「そうや。何も起こらんかったら、ええ仕事した日や」

お盆の忙しさは終わった。

けれど、
警備の仕事に「終わったから安心」はない。

忙しさが過ぎた時こそ、
もう一度、足元を確かめる。


翔太は背筋を伸ばし、
静かな駐車場に目を向けた。

気のゆるみは、忙しさの中ではなく、
安心した瞬間にやってくる。

今日も何も起こさないために。

翔太はいつものように、
誘導棒をしっかりと握った。


つづく

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