【第75話】守れる日常

八月十五日。

世間はお盆休みの真ん中だった。

翔太が警備に入ったのは、郊外にある大きな商業施設。
朝から駐車場には、いつも以上に車が入ってきていた。

「今日は多いなあ……」


誘導棒を振りながら、翔太は次々と車を案内する。

県外ナンバーの車も多い。
おじいちゃん、おばあちゃんと一緒の家族。
大きな荷物を抱えた人。
久しぶりに会えたのか、笑いながら歩く親子。

みんな、それぞれの「帰る場所」へ向かう途中なのかもしれない。


昼休憩。

詰所のテレビから、終戦記念日のニュースが流れていた。

八月十五日。

翔太にとって戦争は、教科書やテレビの中でしか知らない出来事だった。

でも、ふと思った。

今日、自分が見ている風景。

家族が笑っていること。
子どもが走り回っていること。
買い物をして、ご飯を食べて、
「また来年な」と言って帰っていくこと。

そんな当たり前の一日を過ごせることこそ、
平和なのかもしれない。


午後、駐車場に戻る。

「ありがとうございました!」

翔太が頭を下げると、
後部座席の小さな男の子が窓越しに手を振ってくれた。

翔太も小さく手を振り返した。

警備員の仕事は、
世界を変えるような仕事ではない。

戦争を止めることもできない。

それでも、

誰かが安心して歩けるように。
誰かが無事に家へ帰れるように。
今日という一日が、何事もなく終わるように。

そのために立っている。


翔太は誘導棒を握り直した。

平和というのは、
きっと大きな言葉だけではない。

大切な人と笑えること。
帰る場所があること。
そして、その当たり前を守ろうとすること。

「よし、あと半日」

夏の強い日差しの中、
翔太はまた一台の車に向かって、
ゆっくりと誘導棒を振った。

今日も誰かが、
無事に大切な人のところへ帰れるように。


つづく

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