【第66話】信頼は一日にして成らず
梅雨空の下、翔太と花吉君は工事現場の交通誘導にあたっていた。
朝から小雨が降ったり止んだりを繰り返し、視界も悪い。
そんな中でも翔太は、いつも通り周囲を確認しながら誘導を続けていた。
休憩時間になり、花吉君がふと尋ねた。
「翔太さんって、現場の監督さんや職人さんからすごく信頼されていますよね。」
翔太は少し首をかしげた。
「そうかな?」
「そうですよ。みんな翔太さんのことを頼りにしている感じがします。」
翔太は缶コーヒーを一口飲んでから答えた。
「別に特別なことはしてないよ。」
「でも、どうしたらそんなふうに信頼されるんですか?」
花吉君の問いに、翔太は少し考えてから言った。
「たぶん、毎日同じことを続けているだけかな。」
「同じこと?」
「うん。時間を守る。あいさつをする。周囲を確認する。報告をする。困っている人がいたら声をかける。」
花吉君は苦笑した。
「それって当たり前のことじゃないですか。」
翔太も笑った。
「そう。当たり前のことなんだ。」
そして少し真面目な表情になる。
「でもね、その当たり前を毎日続けるのが意外と難しいんだよ。」
花吉君は黙って聞いていた。
「人は大きな成果や派手な活躍には注目する。でも信頼って、そういう一回の出来事で生まれるものじゃない。」
翔太は現場を見渡しながら続けた。
「昨日もちゃんとしていた。この前もちゃんとしていた。半年後も同じようにちゃんとしている。そういう積み重ねで少しずつできていくんだ。」
花吉君はうなずいた。
「なるほど……。」
「だから信頼は貯金みたいなものかな。」
「貯金ですか?」
「毎日の行動が一円玉みたいなものなんだよ。少しずつ積み上がる。」
翔太は笑いながら言った。
「逆に嘘をついたり約束を破ったりすると、一気に引き出される。」
花吉君は思わず苦笑した。
「それは怖いですね。」
「うん。だから信頼を作るのは時間がかかるけど、失うのはあっという間なんだ。」
しばらくして無線から連絡が入った。
現場の搬入車両が予定より早く到着するという。
翔太はすぐに対応に向かった。
すると監督が近づいてきた。
「翔太さんがいると安心ですね。」
何気ない一言だった。
花吉君はその様子を見ていた。
監督がそう言ったのは、今日だけの働きを見たからではない。
何か月も、何年も積み重ねてきた姿を知っているからだ。
その日の帰り道。
花吉君は空を見上げながら言った。
「信頼って、一日では作れないんですね。」
翔太はうなずいた。
「でも毎日作ることはできるよ。」
そして少し笑った。
「だから今日も一円分、貯金できたら十分じゃないかな。」
花吉君も笑顔になった。
派手な成果はなくてもいい。
誰かに見られていなくてもいい。
当たり前のことを誠実に積み重ねる。
その先に、本当の信頼があるのだと花吉君は少しだけ理解した気がした。
信頼は一日にして成らず。
だからこそ、今日という一日を大切に積み重ねていきたい。
つづく
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