【第85話】頼ることも、仕事のうち

その日の工事現場は、朝から慌ただしかった。
資材を積んだ車が、予定より早く到着したのだ。

翔太は入口で車を止め、無線機を手にした。
「搬入車が一台到着しました。入場できますか」

返事を待つ間に、反対側から歩行者が来る。
自転車を押した人も、その後ろに続いていた。


翔太は車に待機をお願いし、
まず歩行者を案内した。

そこへ、もう一台の搬入車が近づいてきた。
運転手が窓から顔を出す。

「この車の後ろで待てばいい?」
翔太は周囲を確認した。

二台が並ぶと、近くの出入口をふさいでしまう。
しかし、現場の中もまだ空いていない。

無線から、作業員の声が聞こえた。
「入口、もうちょっと待って!」

「了解しました」
答えながら、翔太はもう一度道路を見た。


歩行者。待機中の車。次の搬入車。
頭の中で、いくつもの段取りが重なる。

少し離れた場所には、寺中がいた。
呼べば応援に来てもらえる距離だった。

けれど翔太は、一瞬ためらった。
寺中も、別の場所を見ている。

自分の持ち場なのだから、
まず自分で何とかしなければ。

そう考えたとき、寺中から無線が入った。
「翔太、入口どうだ」


「搬入車が重なっています」
「応援はいるか?」

翔太は、短く息を吸った。
「お願いします。歩行者側を見てもらえますか」

「了解。すぐ行く」
寺中の返事は、いつもと変わらなかった。

寺中が歩行者の案内に入り、
翔太は搬入車への説明に集中した。


二台目の運転手には、現場側と確認したうえで、
指定の待機場所へ移動してもらった。

やがて中の準備が整い、
最初の一台がゆっくりと入場した。

入口が落ち着くと、翔太は寺中に頭を下げた。
「助かりました。ありがとうございます」

「おう」
寺中は道路を見ながら答えた。


「すみません。もう少し早く整理できれば」
翔太が続けると、寺中が顔を向けた。

「車が予定より早く来たんだろ」
「はい。でも、自分で回せると思って……」

「俺が来る前、何を考えてた?」
翔太は少し考えた。

「車の待機場所と、歩行者の案内と、
中へ入れるタイミングです」

「そりゃ、忙しいな」
寺中は責めるでもなく言った。


「俺には歩行者を見る余裕があった。
無線で聞いてくれれば、そう返せたぞ」

翔太は、手元の無線機を見た。
相手も忙しいだろうと、勝手に決めていた。

休憩時間、花吉が隣に腰を下ろした。
「翔太さんでも、応援を頼むんですね」

「頼むよ。今日は少しためらったけど」
「いつも落ち着いてるから、意外でした」

翔太は苦笑した。
「頭の中は、結構ばたばたしてたよ」


花吉が、紙コップを両手で包んだ。
「僕、聞いていいか迷うことがあるんです」

「何を?」
「こんなこと、自分で考えろって思われないかなって」

翔太には、思い当たる気持ちだった。
さっきまで、自分も似たことを考えていた。

「僕も、寺中さんが忙しいと思って呼べなかった」
「翔太さんもですか」

「うん。でも、それは聞かないと分からなかったね」
花吉は、少し安心したようにうなずいた。


午後、現場内から搬出の連絡が入った。
ちょうど入口には、別の車が到着していた。

翔太はすぐに無線を入れた。
「入場と搬出が重なります。入口の応援をお願いします」

「了解」
今度は花吉の声が返ってきた。

持ち場を調整して来た花吉と、役割を確認する。
二人で対応すると、車は順に動き始めた。


仕事を終え、翔太は日誌を開いた。
『手が足りないときは、状況と頼みたいことを伝える』

そこへ、まるが膝に前足をかけた。
「お前は頼むのが上手だな」

抱き上げると、まるは満足そうに目を閉じた。
翔太も肩の力を抜き、その背中をゆっくりなでた。


つづく

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