【第83話】あかりちゃんのひと言

秋の風が心地よく感じられるようになった、ある日の夕方。

翔太は、病院近くの道路工事現場で交通誘導をしていた。

「歩行者の方、どうぞお通りください!」

誘導棒を振りながら、通行人を安全に案内する。

朝から続いた仕事も、もうすぐ終わりだった。

そんなとき、聞き覚えのある声がした。


「翔太さん!」

振り返ると、そこには看護師のあかりが立っていた。

「あっ、あかりちゃん! 久しぶり!」

「本当、久しぶりです。元気にしてました?」

「うん! あかりちゃんは?」

「相変わらず忙しいけど、でも元気です」

あかりは、仕事帰りのようだった。


「翔太さん、すっかり警備員さんらしくなりましたね」

「そうかな?」

「うん。前よりずっと落ち着いて見えますよ」

翔太は少し照れくさくなった。

「でも、まだまだ失敗ばっかりだよ」

「そうなんですか?」

「今日もね、お年寄りの方を案内したんだけど……」


翔太は昼間の出来事を話し始めた。

足元がおぼつかない高齢の女性が、工事現場の前を通ろうとしていた。

翔太は車を止め、安全を確認して声をかけた。

「どうぞ、ゆっくりお通りください」

ところが女性は、なかなか歩き出そうとしなかった。


後ろには別の歩行者も待っている。

翔太は少し焦ってしまった。

「大丈夫ですよ。どうぞ!」

すると女性は、小さな声でこう言った。

「すみませんねぇ。足が悪くて……」

そのとき翔太は、はっとした。

自分は安全な通路を確保することばかり考えていた。

目の前の人が何を不安に思っているのか、気づいていなかったのだ。


「それでね、なんだか申し訳なくなっちゃって」

翔太がそう言うと、あかりは優しく微笑んだ。

「翔太さん、それって大事なことに気づいたんじゃないんですか?」

「えっ?」

「私たち看護師もね、同じようなことがあるんです」

あかりは少し真剣な表情になった。

「患者さんに『大丈夫ですよ』って言うことがあるでしょう?」

「うん」

「でもね、私たちが大丈夫だと思っていても、患者さんは不安なの」

翔太は黙って聞いていた。

「だから、ただ大丈夫って言うんじゃなくて、何が心配なのかを聞くようにしているんです」

「なるほど……」

「安心ってね、こちらが与えたつもりになるものじゃないと思うんです」


あかりは続けた。

「相手が安心できて、初めて安心なんだと」

その言葉が、翔太の胸に深く響いた。

安全を確認すること。

決められた手順を守ること。

それは警備員として、もちろん大切な仕事だ。

でも、それだけでは足りないのかもしれない。

「僕、今まで安全に通してあげることばかり考えてた」

「それも大切なことなんです」

「でも、相手の気持ちまでは考えられてなかったなぁ」

あかりは首を横に振った。


「今日それに気づいたからこそ、明日はもっといい警備ができると思います」

「ありがとう、あかりちゃん!」

翔太の表情が明るくなった。

そのとき、現場の向こうから花吉の声が響いた。

「翔太先輩! そろそろ片付けますよ!」

「あっ、はい!」

翔太は慌てて返事をした。

「じゃあ、あかりちゃん。またね!」

「はい。お仕事、頑張ってくださいね!」

あかりは笑顔で手を振った。

その後ろ姿を見送りながら、翔太は心の中でつぶやいた。

「安全を守るだけじゃなく、安心も届けられる警備員になりたいな」


翌朝。

翔太は、いつもより少しだけ丁寧に歩行者へ声をかけた。

「足元に段差があります。ゆっくりで大丈夫ですよ」

通りかかった高齢の男性が、笑顔で答えた。

「ありがとう。助かるよ」

その笑顔を見た瞬間、翔太は昨日のあかりの言葉を思い出した。

「相手が安心できてこそ、初めて安心なんだと」

警備員と看護師。

仕事は違っても、人を思いやる気持ちは同じなのだ。

翔太は今日も、誘導棒をしっかり握る。

誰かの安全と、そして安心を守るために。


つづく

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