【第72話】安心できる人

朝の空気は、少しだけ秋の気配を感じさせていた。

翔太はいつものように制服を整え、誘導棒を手に持って持ち場へ向かった。

「おはようございます。」

現場に来る作業員へ、いつものように挨拶をする。

「おはよう!」

以前よりも自然に笑顔が出るようになっていた。

警備の仕事は、目立たない仕事だ。

事故が起きなければ何も残らない。

だからこそ、今日も何事もなく一日が終わることが一番の仕事だった。


昼休み。

翔太は休憩所で寺中と缶コーヒーを飲んでいた。

「寺中さん。」

「ん?」

「警備って、ちゃんと役に立ってるんですかね。」

寺中は少し笑った。

「また難しいこと考えてるな。」

翔太は照れくさそうに笑う。

「事故が起きないと、自分が何をしたのかわからなくなる時があるんです。」

寺中はゆっくり頷いた。


「警備はな。」

少し間を置いて続けた。

「人に安心を届ける仕事だ。」

翔太は黙って聞いていた。

「事故を防ぐだけじゃない。」

「『あの人が立っているから大丈夫。』そう思ってもらえたら、それだけで十分価値がある。」

翔太はその言葉を心の中で繰り返した。

安心を届ける仕事。

それは今まで考えたことのない視点だった。


午後。

来客の対応をしていると、見覚えのある女性が歩いてきた。

「あっ、翔太さん。」

あかりだった。

「こんにちは。」

「こんにちは。」

自然と笑顔になる。

少しだけ立ち話をする。

「あの…。」

あかりが少し照れながら言った。

「翔太さんがここに立っていると、不思議と安心するんです。」


翔太は驚いた。

「えっ?」

「いつも落ち着いていて、ちゃんと周りを見てくれているから。」

「だから、この前来た時も安心して受付まで行けました。」

翔太は思わず照れてしまった。

「そんなふうに思ってもらえてたなんて…。」

あかりは優しく笑う。

「きっと私だけじゃないと思いますよ。」

その言葉は、寺中が昼に話していたことと重なった。

人に安心を届ける仕事。

それは制服ではなく、自分自身がつくるものなのかもしれない。


夕方。

勤務を終えた翔太は寺中に今日の出来事を話した。

寺中は満足そうに笑った。

「ほらな。」

「安心っていうのはな、技術だけじゃ生まれない。」

「その人の生き方が、少しずつ周りに伝わるものなんだ。」

翔太は静かに頷いた。

以前の自分なら、誰かに安心を与えるなんて考えたこともなかった。

でも今は違う。

毎日の積み重ねが、自分を少しずつ変えてくれている。

その変化を誰かが感じてくれる。

それほど嬉しいことはなかった。

人は、強い人だから安心できるのではない。

誠実に積み重ねてきた人だから、安心できる。

翔太は今日もまた、一つ大切なことを学んだ。


つづく

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