【第64話】一労永逸六月のある日。
翔太と花吉君は、市内の道路工事現場で警備を担当していた。
朝のミーティングが終わり、現場へ向かう途中。
花吉君が少し不満そうな顔で言った。
「翔太先輩、このカラーコーンの配置って、毎回こんなに細かく確認する必要あります?」
「どうしたの?」
「だって昨日とほとんど同じ現場ですよ。とりあえず置けばいいような気がして……」
翔太は少し笑った。
「そう思う気持ちも分かるけどな。」
すると後ろから寺中さんが声をかけた。
「花吉。ちょっといいか。」
「はい。」
寺中さんは道路を指差した。
「この現場、昨日と何が違う?」
花吉君は周囲を見回した。
「えっと……」
しばらく考えてから答えた。
「工事車両の位置が違います。」
「そうだな。他には?」
「歩行者用通路が少し狭くなっています。」
寺中さんはうなずいた。
「その違いを見落とすと事故につながる。」
花吉君は少し反省した表情になった。
午前中の勤務が終わり休憩時間。
翔太は自動販売機の前で花吉君と話していた。
「さっき寺中さんが言ってたことだけどさ。」
「はい。」
「俺も新人の頃は、毎回同じことをするのが面倒だった。」
「ですよね。」
「でもな。寺中さんによく言われたんだ。」
翔太は少し懐かしそうに笑った。
「一労永逸って言葉を知ってるか?って。」
「いちろう……えいいつ?」
「最初に苦労しておけば、後が楽になるって意味。」
花吉君は首をかしげた。
「どういうことです?」
「例えば朝の規制設置。」
翔太は続けた。
「最初にしっかり確認しておけば、勤務中に慌てることが少なくなる。」
「なるほど。」
「逆に適当に始めると、あとで問題が出てきて何倍も大変になる。」
花吉君は静かに聞いていた。
午後。
突然、近くの店舗から大型配送車が出てくることになった。
通常より広い誘導スペースが必要になった。
しかし翔太たちは朝の段階で余裕を持った規制配置をしていたため、スムーズに対応できた。
車両も安全に通過。
歩行者も問題なく通行できた。
花吉君が感心したように言う。
「朝ちゃんと確認していたから対応できたんですね。」
「そういうこと。」
翔太は笑った。
「一見遠回りに見えるけどな。」
「はい。」
「後で困らないための準備なんだ。」
勤務終了後。
片付けをしながら花吉君が言った。
「今日、一労永逸の意味が少し分かった気がします。」
寺中さんがうなずく。
「仕事だけじゃないぞ。」
「え?」
「勉強も、人付き合いも、健康管理も同じだ。」
寺中さんは静かに続けた。
「楽をするために手を抜くんじゃない。」
「……。」
「未来の自分を助けるために、今やるべきことを丁寧にやるんだ。」
花吉君は大きくうなずいた。
「はい!」
翔太も空を見上げながら思った。
派手な近道はない。
でも、今日の小さな積み重ねが、明日の自分を助けてくれる。
警備の仕事も、人生も同じなのかもしれない。
一労永逸。
後で楽をするためではなく、
後で困らないために、
今を丁寧に積み重ねる。
それが、信頼につながる第一歩なのだ。
つづく
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