【第57話】一燈照隅(いっとうしょうぐう)
春の終わり。
翔太は、市内の小さな道路工事現場に立っていた。
交通量はそれほど多くない。
イベント現場のような華やかさもない。
ただ、地味に続く片側交互通行。
「……今日は、静かやな」
翔太がぽつりとつぶやくと、
隣に立つ寺中さんが小さくうなずいた。
「こういう現場ほどな、気を抜いたらあかん」
「はい」
だが正直なところ、翔太の中には少しだけ気のゆるみがあった。
大きなトラブルもなく、ただ車を流すだけの時間。
(…俺、成長してるんかな)
そんなことを考えてしまう。
そのとき、一台の自転車がゆっくり近づいてきた。
高齢の男性だ。
ふらつきながら、規制内に入りかける。
「危ない!」
翔太はすぐに駆け寄り、やさしく声をかけた。
「すみません、この先工事してるので、こちらからお願いします」
男性は少し驚いた顔で、
ゆっくりとうなずいた。
「ありがとうなぁ、助かったわ」
その一言に、翔太は一瞬だけ言葉を失った。
その様子を見ていた寺中さんが、静かに言った。
「今のや」
「え?」
「今のが、“一燈照隅”や」
翔太は首をかしげる。
「いっとう…しょうぐう?」
寺中さんはゆっくり説明した。
「大きなことをするんやない。
自分の持ち場で、ひとつの灯りをしっかり灯す。
それが積み重なって、世の中を照らすんや」
翔太はさっきの男性の背中を思い出す。
「でも…今の、ただ声かけただけですよ」
「それでええんや」
寺中さんは少しだけ笑った。
「誰も見てへんところで、ちゃんとやる。
それが一番むずかしいんやで」
その日の終わり。
特別なトラブルはなかった。
目立つ活躍もない。
でも翔太の中には、確かな手応えがあった。
(…あれで、よかったんや)
小さなこと。
誰にも気づかれないこと。
でも、それをちゃんとやること。
帰り道。
夕焼けの中、翔太はふとつぶやいた。
「俺の現場で、ちゃんと灯りつけよ」
その言葉は、まだ小さい。
でも、確かに光っていた。
つづく
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