【第9話】翔太の警備日誌|あかりの手術

あかりが手術を受けるその日。
翔太は現場に出ていたが、心ここにあらずだった。
昼休みに病院へお見舞いに行くと、あかりの母が小さく頭を下げて言った。

「ありがとう。あの子…すごく元気もらってたのよ、翔太くんに」


手術は始まった。
だが、医師たちの表情はしだいに険しくなっていく。
病室では、あかりの魂が静かに旅立ち始めていた。

――あたたかい光に包まれた草原。
その先に、澄んだ川が流れている。
川の向こうに、懐かしい姿があった。

「…お父さん?」


小さな頃に亡くなった父が、笑顔で手を振っていた。
あかりは無意識に、その川を渡ろうと足を踏み出す。

そのときだった。

「――あかりっ!!」

まるで現実と幻の狭間に差し込むように、
はげしく左右にゆれる赤い灯が、あかりの前に現れた。


必死に誘導棒を振る翔太の姿。
「あかり、行っちゃだめだ!」

川辺に立つ翔太の声が、心の奥に響く。
あかりの目に、涙が浮かんだ。

「…お兄ちゃん…あ、まだ、なにも言えてなかった…」

そうつぶやいて、あかりは一歩、後ろへ下がった。


――手術室では、心拍が戻る音が響き、
医師たちの動きが急に希望に満ちたものへと変わる。

その日を境に、あかりは奇跡的に回復へと向かった。
翔太の誘導棒は、あかりを希望へと誘導していった。

数日後、翔太は延期になった総合病院の警備の現場にいた。
あかりが、いつもの場所で笑顔で待っている。
「お兄ちゃん、あの時、あかりをたすけてくれてありがとう」

「ん?ま、いいか!明日がみえてきた。」


つづく → 第10話:あいさつは、仕事のはじまり