【第8話】翔太の警備日誌|翔太とあかり

春の気配が感じられるある日。翔太は市内の総合病院での内装工事に配属される。工事は1週間。いつもより静かな現場。エレベーターの横、入院病棟との動線を確保するための配置だった。

病院という空間の緊張感に少し戸惑う翔太。そんなとき、小さな車椅子がスッと近づいてくる。

「今日はいつものお兄さんじゃないんだね」

「…うん、今日から僕がしばらくここで警備するんだよ」

彼女の名前はあかり。入院中の小学5年生。白いマスクの下からのぞく目が、すごくやさしくて、きらきらしていた。


工事現場の開始は毎朝8時。ラジオ体操の後、警備の現場の病棟に向かう。
翔太はあかりに会うのを楽しみにしていた。
彼女は午前中の短い時間、病棟の許可で散歩するのを日課にしている。

「お兄さんがいると、なんだか安心するね」

「……そうか。うれしいな」

翔太は自分が“誰かの心の支え”になれていることに、少し照れながらも誇らしさを感じるようになる。


金曜日の朝。あかりが神妙な顔でやってくる。

「来週、手術なんだ。だからしばらく会えないね」

「そっか……うん、絶対うまくいく。俺、祈ってるから」

あかりは微笑みながら言う。

「また、お兄さんがいる朝に、ここで待ってるね」

翔太は「がんばれ」と言ったあと、心の中で「俺も、もっと頑張ろう」とつぶやいた。


週末、翔太はヘルプで別の現場に配属される。少しさみしいが、仕事に集中しようと気持ちを切り替える。

現場からの帰り道、病院近くにさしかかったときだった。ふと見上げた窓に、あかりがいた。小さく手を振っている。

翔太は反射的に、にっこり笑って手を振り返す。

「……待っててくれる誰かがいる。それが、俺の力になるんだ」

その日の帰り道、翔太はつぶやいた。

「だいじょうぶ、……明日が、みえてきた」


数日後、事務所で「病院での工事が延長になった」と聞かされた翔太は、心の中で小さくガッツポーズをする。

もう一度、あかりに会えるかもしれないから。


つづく → 第9話:あかりの手術