【第48話】「まるかぶりする、その意味」

「恵方巻、今年は南南東やでー!」

現場の休憩中、崎川先輩がコンビニ袋をガサガサさせながら言った。
袋の中から、やけに立派な太巻きが顔を出す。

「えほう…まき?」


翔太は首をかしげた。
節分といえば豆まき、鬼は外。
正直、太巻きを丸かぶりする理由までは考えたことがなかった。

「なんで黙って食べるんですか?」

翔太の素直な質問に、先輩たちは一瞬黙る。


「昔から恵方巻には食べ方のルールがあるんや」

寺中さんが説明をはじめた。
「1.恵方を向く
 2.切らずに丸ごと食べる(縁を切らさない、福を逃がさないため)
 3.無言で願い事をしながら食べる(話すと福が逃げるから)
 4.最後まで一気に食べる(口から離さず一気に食べきる)
 5.2月3日の節分に食べる」

初めてきく恵方巻の由来を心の中で繰り返しながら、翔太は太巻きを手に取る。
南南東をスマホで確認し、少し照れながら向きを合わせる。


――しゃべらずに、一本。

最初は変な感じがした。
でも、黙って噛んでいると、不思議と頭が静かになる。

(なんでやろ…)

母のこと。
仕事のこと。
失敗した現場。
うまく誘導できた日のこと。

いろんな思いが、太巻きと一緒にゆっくり胸におさまっていった。


そのとき、翔太はふと思った。

(これって…祈りなんや)

声に出さなくても、
派手なことをしなくても、
「ちゃんと向き合う時間」を持つこと。

昔の人は、それを知ってたんちゃうやろか。

食べ終わったあと、先輩がぽつりと言った。

「今はイベントみたいになってるけどな。
 本当は、年に一回くらい、自分を律する日やったんかもしれへんな」

翔太はうなずいた。


警備の仕事も、同じや。

決まりごと。
型。
伝統。

意味を知らんままやと、ただの作業になる。
でも、意味を知ると――
それは、人を守るための“知恵”になる。


「来年も、ちゃんと南南東、向きます」

翔太のその一言に、
先輩たちは笑いながら「まじめやなぁ、でも恵方は毎年かわるんやで。」と言った。

でも翔太は、少し誇らしかった。

守る仕事をする自分が、
守られてきたものを、ちゃんと受け取れた気がしたから。


つづく

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