第47話 翔太、はじめての投票

現場は、日曜の朝の住宅街。
今日は珍しく、交通量の少ない現場だった。

「翔太、今日って選挙やな」

隣で立哨している寺中さんが、ぽつりと言った。

「あ、今日なんですね。正直、あんまりピンときてなくて……」

そう答えると、寺中さんは笑った。

「まあ、最初はそんなもんや。
でもな、“関係ない”って思ってるうちは、
決める側にまわられへん」

その言葉が、少し引っかかった。


休憩中、スマホを見ると、母からLINEが入っていた。

「今日は投票日やで。
あんた、仕事終わりに行けそう?」

母は昔から、政治の話をする人じゃない。
それだけに、その一文が妙に重く感じた。

「俺の一票で、何か変わるんかな……」

そうつぶやくと、寺中さんが静かに言った。

「一票で世界は変わらんかもしれん。
でも、“変えようとする側に立つかどうか”は変わる」

翔太は、何も言い返せなかった。


その夜、非番の時間に、翔太はあかりのお見舞いに行った。

病室で少し話していると、
あかりがふっと真面目な顔になった。

「ね、翔太くん。
最近、病院で問題になってること、知ってる?」

「え? 何?」

「外国人の高額診療費の踏み倒し。
救急で来て、治療だけ受けて、そのまま帰国しちゃう人もいるの」

翔太は言葉を失った。

「もちろん、全部じゃないよ。
でも、その負担、結局どこにいくと思う?」

「……日本の病院?」

「うん。
それで、病院の経営が苦しくなって、
必要な医療が削られたり、スタッフが疲弊したりする」

あかりは、静かに続けた。

「これ、制度の話でしょ?
制度を決めるのは、政治でしょ?」

翔太の胸が、ぎゅっと締めつけられた。


帰り道、翔太は母の言葉と、寺中さんの言葉、
そしてあかりの話を思い返していた。

(関係ない、じゃないんだ)

警備の現場。
母の介護。
病院の医療。
仲間の働き方。

全部、どこかで“決められたルール”につながっている。


仕事終わり、翔太は制服のまま、投票所に立っていた。

初めて持つ投票用紙。
正直、全部理解しているわけじゃない。

それでも——

「自分や家族、仲間の将来に、
少しでも責任を持ちたい」

その気持ちだけは、はっきりしていた。

カタン。

投票箱に紙を入れた音が、
妙に大きく聞こえた。


外に出ると、夕焼けがきれいだった。

「……よし」

翔太は小さくつぶやいた。

警備員として、
一人の社会人として、
そして、大人として。

今日、また一歩、前に進んだ気がした。


つづく