【第40話】見えない先、声でつながる

その日の現場は、山あいのカーブが続く道路工事だった。
ガードレールの向こうはすぐ斜面。
カーブの先は完全に見えず、「出会い頭」が一番怖い場所だ。

「今日は片側交互通行。トランシーバー使うぞ」

寺中さんがそう言って、翔太に無線を渡した。

「見えへん現場ほど、
目より先に声を信用せなあかん」

翔太はうなずきながら、少し強めに無線を握った。


翔太は下側、寺中さんは上側。
お互いの姿は、もちろん見えない。

最初に来たのは地元の軽自動車。
スピードは遅めだが、ドライバーは慣れていない様子で、
止まる位置もバラバラ。

「翔太、今から一台出す。白の軽や」

「了解です。こちら止めます」

声だけが頼りの誘導。
翔太は慎重になりすぎて、少し早めに止めてしまった。

無線がすぐ入る。

「翔太、まだ出てへん。早いで」

「すみません!」

顔が熱くなる。
見えないからこそ、余計に怖くなる。
これも現場あるあるだ。


次は軽トラ、そして普通車。
そのたびに無線が入る。

「次、軽トラ。ちょい遅い」
「OK」
「今の一台、ウインカーなしや。注意な」

車の癖まで声で伝わってくる。
翔太は、
「無線って、こんなに情報が多いんや」
と実感し始めていた。


そのときだった。

「翔太、次、バス来るで。長い。間あけるぞ」

バス。
この道で一番気を使う相手だ。

翔太は、後続車をしっかり止め、
車間を広めに取る。

…だが、無線が一瞬、
「ザッ…」とノイズ混じりになる。

「……翔太、今、止めろ」

理由は聞こえない。
でも翔太は迷わなかった。

誘導棒を大きく振り、
止まれの合図を出す。

直後、カーブの向こうから
ゆっくりと大型バスが姿を現した。

「うわ……」

もし今、出していたら——
想像して、背筋が冷えた。


「ナイス判断や」

無線から、いつもより少しやさしい声。

「見えへん現場はな、
勝手に判断したら事故になる」

「声を信じて、動けたらええ」

翔太は、無線を見つめながらうなずいた。


現場が終わり、片付けの時間。

翔太は思う。
見えないから不安になる。
でも、見えないからこそ、仲間が必要なんだ。

トランシーバーの向こうには、
同じ現場を、同じ責任で守っている人がいる。

「よし…」

翔太は無線をケースにしまい、
少しだけ胸を張って、次の現場へ向かった。


つづく

翔太の英会話日誌