【第34話】赤旗のタブー
朝のミーティング。
部長の二浦さんが、白板の前で話していた。
「今日の現場は線路のそばだ。みんな、赤い旗を振るのは禁止だぞ。列車関係者が緊急停止と間違えるからな。」
翔太はメモを取りながら、うなずく。
だが、少し離れたところで、先輩の崎川さんがニヤリと笑っていた。
「翔太くん、旗の色ひとつで電車止まるんやで。まちがって振ったらニュースやで、ニュース。」
「え、ニュースですか……!?」
翔太の顔がひきつる。
現場に着くと、線路の向こうを貨物列車がゴォォと走り抜けていく。
地面がかすかに震える。
翔太は、いつもより緊張していた。
昼下がり、少し風が強くなり、置いていた赤い三角コーン用のカバーが風で転がる。
思わず拾おうとした翔太が、赤い布を手に取ってひらっと振りそうになる。
その瞬間——
「翔太!!!」
寺中さんの声が飛んだ。
「それ、ダメだ! 赤いのは旗じゃなくても誤認されるぞ!」
翔太はハッとして手を止めた。
「す、すみません!つい……!」
「ええんや。いま止められたからセーフや。こういう“つい”が一番危ないんやで。」
寺中さんはやさしく言いながら、翔太の肩をたたいた。
「現場には“言い伝え”みたいなタブーが多い。でもな、それには全部“理由”があるんや。昔、誰かが痛い思いをして学んだことなんや。」
翔太はうなずきながら、風で舞う砂を見つめた。
「旗の色ひとつでも、人の命が関わるんですね。」
「そうや。安全ってのは、細かいとこから守られてるんや。」
夕暮れ、列車の音が遠くで響く中、翔太は今日のメモに一行書き足した。
『タブーには、理由がある。守ることが、誰かを守ることになる。』

