【第30話】健康も仕事の一部
秋の朝、詰所に顔を出した翔太は、部長の二浦さんに声をかけられた。
「翔太くん、今日は現場やなくて健康診断やで」
「えっ、健康診断ですか?僕、まだ18ですし、元気いっぱいですけど…」
「せやけどな、若いからこそ油断したらあかんのや。
警備の仕事は体が資本やし、現場で倒れたら自分だけやなく、仲間にも迷惑かける。
健康を守ることも立派な仕事の一部やで」
少しむずがゆい気持ちで翔太は病院へ向かった。
待合室には同じ制服を着た年上の先輩たちも座っている。
「翔太くん、初めてか?採血びびるなよ」
と笑いながら声をかけられ、翔太は照れ笑い。
血圧計の袖を腕に巻かれ、心電図の線を胸に貼られる。
「普段の生活も出ますからね」と看護師に言われ、
(ちゃんと寝てないの、バレるかもしれんな…)と内心ドキドキ。
診察室で先生に呼ばれると、
「血液は問題ないけど、少し睡眠不足やな。朝食は抜かずに食べること」
と穏やかに注意を受けた。
(やっぱり…夜更かししてスマホを見てたの、良くなかったんやな)
翔太は素直に反省した。
帰り道、青空を見上げながら思う。
(健康診断って、ただ自分のためやなく、仲間や現場を守るための確認なんや。
誘導棒や無線を点検するのと同じ。自分の体も点検しないと。)
詰所に戻ると、寺中さんが腕を組んで待っていた。
「おう、結果はどうや?」
「はい、元気でしたけど、生活習慣は注意しろって言われました」
「ははは、わしらは“人の安全”を守る役目や。そのためにはまず、自分の体を守らなあかん。
倒れてしまったら警備員失格やで」
その言葉に翔太は背筋を伸ばし、深くうなずいた。
「はい!これからは早寝して、朝ごはんもちゃんと食べます!」
その夜。
母のために夕食を用意しながら、翔太はお皿に野菜を多めに盛りつけた。
「母さん、先生に言われたから、これからはもっと体にいいごはんにしよな」
母は微笑んで、「あんたも、だんだん立派になってきたね」と言った。
翔太の胸の奥に、あたたかいものが広がる。
――健康を守ることも仕事の責任。
そう心に刻んだ翔太の一日は、静かに終わっていった。
つづく