【第28話】相棒の道具たち
朝、ロッカーで制服に着替える翔太。
並べた道具を前にして、思わずつぶやく。
「…今日もよろしくな」
キャップ、ベスト、白手袋、無線機、赤い誘導棒。
どれも一見ただの備品だが、翔太にとっては欠かせない相棒になりつつある。
最初に現場へ出た頃、誘導棒を持つ手が震えていたことを思い出す。
寺中さんに「お前、棒に振り回されとるで」と笑われた。
その日から翔太は、棒を振るう練習を人のいない駐車場で繰り返した。
夜、反射ベストが光る姿を見て「少しは警備員らしくなったかな」と
こっそり誇らしく思ったこともあった。
今日の現場は大型ショッピングモール。
休日のため、駐車場は朝から大混雑だ。
坂上さんと並んで車を誘導する。
「翔太、棒は車にじゃなくて“人に見せる”んやぞ」
「え、人にですか?」
「せや。運転してるのは機械やない、人や。
人の目にわかりやすい動きができて初めて“伝わる”んや」
坂上さんの言葉にハッとした。
ただ振るのではなく、相手にどう伝わるかを考える。
赤い光を少し大きく振ると、運転手がこちらにうなずいて
スッと減速してくれた。
(なるほど…棒ひとつでも、使い方で相手の動きが変わるんだ)
休憩時間。汗を拭きながら、翔太は無線機を手に取る。
先輩たちの声がイヤホン越しに届くたび、
自分がチームの一員であることを実感する。
「無線は命綱や。壊れたら即、交換せえ。
黙っとるだけで周りを危険にさらすこともある」
寺中さんの言葉を思い出す。
無線がつながるからこそ、離れた場所の仲間と一体になれる。
道具はただのモノじゃなく、仲間との絆を結ぶ橋でもあるんだ。
勤務が終わり、ロッカーに戻る。
翔太はいつものように道具を布で軽く拭いた。
白手袋は洗濯袋へ、無線は充電器にきちんと差す。
誘導棒の光を一度つけてみて、カチリとスイッチを切る。
「今日もありがとう。明日も頼むぞ」
翔太の胸の中には、ただの備品だった道具が
少しずつ「自分を支えてくれる仲間」へ変わっていく実感があった。
つづく