【第27話】道具に宿る心
朝、翔太が配属されたのは、町工場の前で行われる舗装工事の現場だった。
小さな通りではあったが、通学路にもなっているため人通りも多い。
翔太はいつものように反射ベストを着込み、誘導棒を手に立ち位置についた。
ところが、誘導棒のスイッチを押してもライトが点かない。
何度か押し直しても沈黙したまま。慌てて予備を取り出して事なきを得たが、胸の奥に冷や汗が流れた。
「昨日、ちゃんと確認したつもりだったのに……」
そんなモヤモヤを抱えたまま午前を終え、昼休憩になった。
翔太が工場の前で腰を下ろしていると、作業服姿の男性が近づいてきた。
年の頃は60代ほど、日焼けした顔に深い皺が刻まれている。
「警備の兄ちゃんか。暑いのにご苦労さんやな」
男性はにこやかにそう言いながら、古びた工具箱を脇に置いた。
箱の蓋を開けると、中にはレンチやハンマー、ノギスなど、様々な道具が整然と並んでいる。
驚いたのはその状態だった。
年季が入っているのに、どれもピカピカに磨かれ、刃物は刃こぼれひとつない。
「うちの道具はな、毎日磨いてるんや」
職人さんはそう言ってレンチを指先で撫でる。
「錆びりゃ精度が落ちるし、怪我のもとにもなる。
道具を粗末にする職人は、一人前とは言えんのや」
翔太はハッとした。
自分の誘導棒も、ベストも、無線機も、毎日の仕事を支えてくれる相棒だ。
だが正直、勤務後は疲れてそのまま部屋の隅に置きっぱなしにすることも多かった。
「道具はな、人の気持ちを映すんやで」
職人さんは微笑んで続ける。
「大事にされれば応えてくれるし、放ったらかしにされればすぐに拗ねよる。
俺らが信頼できる仕事をできるのは、道具があってこそや」
そう語る目は真剣そのもので、翔太は思わず背筋を伸ばした。
午後の勤務中、翔太はいつもより強く誘導棒を握った。
車を停めるたびに「今はちゃんと光ってくれてるな」と心の中で語りかける。
なんだか不思議と、動きがきびきびしてくる。
夕方、勤務を終えて自宅に戻った翔太は、いつもならベッドに倒れ込むところをぐっとこらえた。
無線機をタオルで拭き、ベストをハンガーにかけ、誘導棒の接点を確認して磨く。
「これからは、もっと大事にしよう」
小さくつぶやいた声は、自分に言い聞かせるようでもあり、道具たちに語りかけるようでもあった。
夜、きれいに磨かれた誘導棒を机の上に置くと、赤いライトが心なしか誇らしげに光って見えた。
つづく