【第14話】翔太の警備日誌|静かな一日

朝、事務所で寺中さんが言った。
「今日は住宅街の現場や。静かやけど、そういうときほど目ぇ配っとくんやで。」
「何もないように見えても、何かある。常に周りをよくみるが大事や。」

翔太は「はいっ」と返事をしながら、
(今日は、のんびりできるかな…?)と少し気が緩みそうになっていた。


だが、現場に着いてみると、空気がやわらかくて、なんだか落ち着く。
すぐ近くの公園からは、子どもたちの笑い声が聞こえる。
木々のあいだから吹き抜ける風が、制服の袖をやさしく揺らした。

「おはようございます」
通りかかった郵便屋さんが声をかけてくれる。
「いつもごくろうさま」と、犬の散歩中のおじいさん。
知らない人からのあいさつに、翔太は少し照れながらも、背筋をのばした。


少しすると、小さな女の子とお母さんが歩いてきた。
手にはくまのぬいぐるみ。
ふと見ると、女の子がつまずいて、ぬいぐるみをぽとんと落とす。

女の子は気づかず、どんどん歩いていく。
翔太は慌てず、小走りで拾い、追いかけて声をかけた。

「これ、落としましたよ。」
差し出すと、女の子はハッと顔を上げて、目をまんまるにした。
「……ありがとう」
小さな声だったけど、その表情はとびきりの笑顔だった。
お母さんも、「本当に助かりました」と頭を下げた。


しばらくすると、カートを引いたおばあちゃんが、段差でつまずきそうになっていた。
翔太はすっと横に立ち、さりげなく手を添えて支える。

「まあ…若いのに気がきくねぇ」
「いえ、お気をつけてくださいね」
自然に出たその言葉に、自分でも少し驚いた。
(ちょっとは俺もなれてきたかな?…)
翔太の顔に笑みが浮かんだ。


静かな一日。
でも、よく見ると、いろんな人の生活が交差している。
そんな人たちの安全をまもっている仕事をしているんだと、
翔太は“警備”の仕事にほこりを感じていた。


夕方。交代の時間が近づくと、どこからともなく「にゃー」と野良猫の声。
どこからともなく現れて、翔太の足元にちょこんと座る。

「お前も、おつかれさん」
そう言って、翔太は野良猫の頭をそっとなでた。

遠くで風鈴がチリンと鳴った。
空はほんのり夕焼け色。

「今日は、静かな一日やったなぁ。」
周りを観察することの大事さを感じながら、翔太は帰途についた。


つづく → 次は翔太が資格取得を目指すお話です。お楽しみに!