【第63話】雨の日の見えない危険

雨の日が続き、空は朝からどんよりとしていた。

「今日は一日、雨みたいやなぁ……」

翔太は会社の車の窓を見ながら、小さくつぶやいた。

今日の現場は、市内の道路工事現場。
片側交互通行の規制だった。


一緒に現場へ向かうのは、後輩の花吉君。

「僕、ちゃんとした雨の日の警備って、今日が初めてなんです」

少し緊張した顔で、花吉君が言った。

「晴れの日とは、また違うからなぁ。でも焦らんでええよ」

翔太は笑いながら答えた。


現場に着くころには、雨足はさらに強くなっていた。

カッパを着込み、無線機に防水カバーをつける。

雨粒がヘルメットを叩く音が、絶え間なく続いていた。

「うわ……前、見にくいですね」

花吉君は何度も手袋で顔をぬぐっていた。

「雨の日は、車の人も見えにくいし、歩行者も急ぐからな。いつも以上に周りを見なあかん」

翔太はそう言って配置についた。

しばらくして――。

工事車両がバックで現場に入ろうとしていた時だった。

花吉君は歩行者の対応に気を取られ、一瞬、後方確認が遅れた。

そのタイミングで、自転車の男性が雨を避けるようにスピードを上げて近づいてきた。


「危ない!」

翔太はすぐに誘導棒を大きく振り、自転車を停止させた。

工事車両も急停止。

あと少し遅れていたら、接触していたかもしれなかった。

「す、すみません……!」

花吉君の顔が青ざめる。

雨が強くなり、額から流れる水なのか汗なのかも分からない。

翔太は落ち着いた声で言った。

「大丈夫。気づけたから事故にならんかった。でも雨の日は、“見えてるつもり”が一番怖いんや」

花吉君は何度も頭を下げていた。


昼休憩。

プレハブの中でカップ麺をすすっていると、寺中さんが静かに口を開いた。

「雨の日はな、警備員にとって難しい日や」

湯気の向こうで、寺中さんは続けた。

「車のブレーキも遅れる。歩行者は傘で横が見えん。
警備員もカッパをきてて前がみえにくい。
無線も聞こえにくい。焦って走る人も増える」

花吉君は真剣な顔で聞いていた。

「だから雨の日は、“いつもの倍、危険がある”と思ったほうがええ」

そして寺中さんは、少し笑った。


「でもな。雨の日には、ええこともある」

「え?」

翔太と花吉君が顔を上げる。

「雨の日っていうのは、人の優しさがよう見えるんや」

寺中さんは缶コーヒーを持ちながら続けた。

「今日も通行人のおばあさんが、“雨の中ありがとう”って言うてくれたやろ」

「あ……はい」

「晴れの日には当たり前に通る道も、雨の日はみんな大変になる。そんな時に立ってる警備員は、ちゃんと見てくれてる人がおるんや」

外では、まだ雨が降っていた。

けれど、さっきまで少し沈んでいた花吉君の表情は、少しだけ明るくなっていた。


午後の勤務。

花吉君は、朝よりもずっと慎重に周囲を確認していた。

車の動き。
歩行者の足元。
傘の陰。
濡れた道路。

ひとつひとつを丁寧に見るようになっていた。

その様子を見ながら、翔太は少し嬉しくなった。

失敗して、学ぶ。

それもまた、警備員として大切な経験なのだと思った。


帰り道。

雨上がりの空に、少しだけ夕日が差していた。

「雨の日って、嫌なだけじゃないんですね」

花吉君がぽつりと言う。

翔太は笑った。

「せやな。晴れの日には見えんことも、雨の日には見えるんかもしれんな」

濡れた道路が、夕日に照らされて静かに光っていた。


つづく

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