【第55話】上阪してきた花吉君

春の風が、まだ少し冷たい朝だった。

「今日から新人つくからな」

寺中さんの一言に、翔太は少し背筋を伸ばした。

(新人…俺が教える側か…)

現場は、市内の住宅街での舗装工事。
片側交互通行の、基本だけど大事な現場だ。

そこに現れたのが――

「は、はじめまして!花吉です!」

少し訛りのある声。
背は低めで、まだあどけなさの残る顔。

「福岡から出てきました!」

「おお、上阪組か」

寺中さんが笑う。

(あ…俺と同じだ…)

翔太は少しだけ親近感を覚えた。


最初の立ち位置説明。

「ここで止めて、こっち流すから」

「はいっ!」

元気はいい。

でも――

誘導棒の振りが、少し大きい。
立ち位置も、ほんの少しズレている。

(あぶないな…)

車が来た瞬間、翔太は声をかけた。

「花吉君、もうちょい左!」

「あっ、はい!」

慌てて動く花吉。

車は問題なく通過したが――

「すみません…」

しょんぼりしている。


その姿を見て、翔太は思い出した。

(俺も…最初こんなんやったな…)

怒られて、ミスして、空回りして。

でも――

「大丈夫やで」

自然と、言葉が出た。

「最初はみんなそんなもんやから」

花吉は少し驚いた顔をした。

「ほんとですか…?」

「うん。でもな」

翔太は一歩近づいて言った。

「ちゃんと見とけば、大丈夫」


次の誘導。

翔太はあえて、すぐ横で見守った。

「今、何見る?」

「えっと…車の距離…?」

「それもやけど、運転手の顔も見る」

「顔…?」

「止まるかどうか、結構わかるで」

花吉はじっと前方を見る。

(あ、ブレーキ遅い…)

「来るで、ちょい強めに止めて!」

「はいっ!」

ピタッと止まる車。

花吉の表情が、少し変わった。


休憩中。

「さっき、止められました…!」

少し誇らしげな顔。

翔太はうなずいた。

「ええやん」

寺中さんも横で笑う。

「教え方、ええな翔太」

「いや…」

少し照れる翔太。

(俺も…少しは成長したんかな)


現場終わり。

「ありがとうございました!」

深く頭を下げる花吉。

「また明日もお願いします!」

その姿に、翔太はふと感じた。

(ああ…)

(こうやって、つながっていくんやな)

教えられていた自分が、
今は教える側にいる。


人は、すぐには成長しない。

でも――
誰かに支えられて、少しずつ前に進む。

そしていつか――
その支えを、次の誰かに渡す。

夕暮れの空を見上げながら、翔太はつぶやいた。

「明日も、頑張ろか」

その横で――

「はいっ!」

花吉の元気な声が、現場に響いた。


つづく

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