【第54話】見えない危険
朝の現場は、静かだった。
住宅街の一角。
水道工事のための片側交互通行。
交通量はそこまで多くない。
天気は晴れ。視界も良好。
「今日は、やりやすそうやな」
そうつぶやいたのは、先輩の寺中さんだった。
「はい!よろしくお願いします!」
翔太は元気よく返事をした。
しばらくは、何事もなく車を流していた。
右よし、左よし。
歩行者よし。
基本通りに、確実に。
(今日は落ち着いてるな…)
そう思い始めた、そのときだった。
「…ん?」
遠くから来る一台の車。
スピードは普通。
ふらつきもない。
でも——
(なんか…違和感がある)
翔太は、ほんの一瞬、そう感じた。
その車は、停止位置に近づいてくる。
翔太は誘導棒を上げ、停止の合図を出す。
しかし——
車は、止まらない。
「止まってください!!」
思わず声を張り上げた。
ようやく車は減速し、ギリギリで停止した。
運転席を見ると、
ドライバーはスマートフォンを見ていた。
「すみません…気づきませんでした」
軽く頭を下げるドライバー。
翔太は、深く息をついた。
車を流したあと、寺中さんが近づいてきた。
「今の、よく気づいたな」
「いえ…なんか、違和感があって…」
翔太は正直に答えた。
寺中さんは、静かにうなずいた。
「それが大事や」
「危険っていうのはな、
見えてるもんばっかりやない」
「スピード出してる車、
無理な割り込み、
そういう“わかりやすい危険”もある」
「でも一番怖いのは——」
「見えへん危険や」
翔太は、黙って耳を傾けた。
「さっきの車みたいにな、
一見普通に見える。でも中身は違う」
「スマホ見てる、ぼーっとしてる、考え事してる」
「外からはわからん」
「せやから俺らは、“違和感”を見るんや」
翔太の中で、何かがつながった。
(さっきの感覚…)
(あれは、ただの気のせいじゃなかったんだ)
午後。
現場の空気が少し変わる。
車の流れが増え、
人通りも多くなる時間帯。
翔太は、周囲を見渡す。
車の動き。
歩行者の様子。
そして——
“違和感”。
一台の自転車。
イヤホンをつけ、スマホを見ながら走っている。
(あぶない…)
翔太はすぐに前に出た。
「すみません!前、工事してます!」
自転車はハッとして、急ブレーキ。
「うわっ…ありがとうございます」
そう言って、少し恥ずかしそうに去っていった。
その様子を見て、寺中さんが小さく笑った。
「もう、見えとるな」
翔太は、少し照れながらも答えた。
「…はい。なんとなくですけど」
寺中さんは言った。
「それでええ」
「その“なんとなく”が、命を守る」
夕方。
一日の現場が終わる。
帰り道、翔太は空を見上げた。
(危険は、見えないこともある)
(でも、感じることはできる)
今日、ひとつ学んだ。
“気づく力”は、経験で育つ。
そして——
それは、人を守る力になる。
翔太は、静かに拳を握った。
(もっと、見えるようになりたい)
その目は、少しだけ強くなっていた。
つづく
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