【第52話】はたらくということ
春の気配が、少しずつ町に広がってきた。
朝の現場。
まだ冷たい風が吹く中、翔太は交差点の角に立っていた。
黄色いベストを整え、誘導棒を握る。
「おはようございます!」
通りかかった作業員に、翔太は元気よく声をかけた。
だが、そのあと少し考え込む。
(はたらくって……なんだろう)
昨日、寺中さんがぽつりと言った言葉が、頭に残っていた。
休憩時間。
缶コーヒーを飲みながら、翔太は寺中さんに聞いてみた。
「寺中さん、昨日言ってた言葉……」
「ん?」
「はたらくって、“はたを楽にすること”って」
寺中さんは少し笑った。
「ああ。昔からある言葉やな」
「でも、どういう意味なんですか?」
寺中さんは道路を見ながら言った。
「“はた”っていうのはな、周りの人のことや」
「周り?」
「そう。作業員、ドライバー、歩行者……
みんなや」
翔太は静かにうなずいた。
そのとき、一台のトラックが近づいてきた。
後ろでは工事のダンプが出ようとしている。
翔太はすぐに誘導棒を上げた。
「少々お待ちください!」
トラックを止め、ダンプを先に出す。
そしてトラックに向かって深く礼をした。
「ご協力ありがとうございます!」
トラックの運転手は、軽く手を上げて走り去った。
寺中さんが言った。
「今のがそうや」
「え?」
「翔太が少し動いたやろ」
「はい」
「そのおかげで、
ダンプも出やすい。
トラックも事故なく通れる」
翔太ははっとした。
「つまり……」
寺中さんはゆっくり言った。
「周りの人が楽になるようにする」
「それが“はたらく”や」
しばらくして、年配の女性が横断歩道に立った。
信号はまだ赤。
車も多い。
翔太はすぐに気づき、車を止めた。
「どうぞ、ゆっくり渡ってください」
女性は少し驚いた顔をして、
「ありがとうねぇ」
と笑った。
ゆっくり歩きながら、何度も頭を下げた。
その姿を見ながら、翔太は思った。
(ああ……)
(これかもしれない)
自分がちょっと動くだけで、
誰かが安心して歩ける。
誰かが安全に仕事できる。
誰かが気持ちよく通れる。
休憩のあと。
翔太はもう一度、交差点に立った。
空は高く、春の光が少しやわらかい。
翔太は誘導棒を握りなおす。
(はたらくって)
(えらくなることでも、
目立つことでもない)
(誰かを、少し楽にすること)
遠くから車が来る。
工事車両も動き出す。
翔太は大きく腕を振った。
「こちらどうぞ!」
声が、春の空に広がった。
その声を聞きながら、寺中さんは小さくうなずいた。
「少しずつやな」
そして、ぽつりとつぶやいた。
「ええ警備員になってきた」
つづく
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