【第49話】翔太のバレンタインデー
二月の風は、まだ冷たい。
ショッピングモールの立哨勤務。
翔太はいつものように、黄色いベストを整え、まっすぐ前を見て立っていた。
「おはようございます!」
声は、少しだけ弾んでいる。
今日は二月十四日――バレンタインデーだ。
正直、期待はしていない。
でも、少しだけ、心がそわそわしていた。
昼前。
何かを見つけたように、女の子が駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん、これ。」
小さな声に振り向くと、そこには、
以前、転んだところを抱き上げたあの女の子が立っていた。
手のひらを、ぎゅっと握りしめている。
「この前は、ありがとう。」
そう言って、翔太の手に、そっと何かを乗せた。
――一粒のアーモンドチョコ。
小さな、小さなチョコレート。
「今、これしかなくてごめんなさい……。」
翔太は、一瞬、言葉を失った。
「ううん……。とってもうれしいよ。
最後の一粒だけど、いいの?」
女の子は、照れくさそうに笑って、ぴょこんと頭を下げて去っていった。
手のひらの中の一粒が、
不思議なくらい、重く感じた。
その日の夕方。
勤務を終え、駅へ向かう途中。
「翔太にいちゃん!」
振り向くと、看護学校の制服姿のあかりが立っていた。
「はい、これ。」
少し大人びた笑顔で、小さな包みを差し出す。
「いつも、ありがとう。」
あかりが入院していた頃を思い出す。
「ほんとうに元気になってよかったね。」
あかりは、にっこり笑った。
「入院生活は大変だったけど、いろんな人にお世話になって。
翔太にいちゃんにも、とても感謝してるの。」
その言葉に、翔太の胸がじんわりと熱くなる。
家に帰り、机の上に二つのチョコを並べた。
一粒のアーモンドチョコ。
小さな包みのチョコレート。
大きさも、値段も、きっと違う。
でも――
込められた気持ちは、同じだった。
「ありがとう」
感謝の気持ちを素直に伝えること。
そして、それを“形”にすること。
それは、思っているよりも、ずっと勇気がいる。
だからこそ、こんなにも、あたたかい。
翔太は、そっとつぶやいた。
「俺も、ちゃんと伝えられる人になろう。」
誰かに守られていること。
誰かに支えられていること。
それに気づける人でありたい。
冷たい二月の夜。
でも、翔太の心には、
もう春がきていた。
つづく
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