【第42話】年末の現場で

 年末。
 街の空気が、いつもと少し違う。

 商店街のスピーカーからは、少し気の早い正月ソング。
 スーパーの前には、門松と鏡餅。
 吐く息は白く、手袋の中の指先がじんわり冷たい。


 翔太は、その日も工事現場の立哨に立っていた。

「今年も、もう終わりかぁ……」

 思わずつぶやくと、隣で交通整理をしていた先輩が笑った。

「一年なんて、あっという間やな。
 最初に一緒に立った現場、覚えてるか?」

「はい……めちゃくちゃ緊張して、
 声も出なくて、誘導もぎこちなくて……」

「やろ? でも今はどうや」

 翔太は、行き交う車と歩行者に視線を配りながら、
 自然に腕を伸ばし、合図を送る。


「……少しは、余裕もてるようになりました」

「“少し”ちゃうやろ」

 先輩はそう言って、軽くうなずいた。

 年末は、不思議な時期だ。
 みんな忙しそうで、どこか気持ちに余裕がない。
 でもその分、ちょっとした一言や動きで、
 空気がやわらぐこともある。


「寒い中ご苦労さんやねぇ」

 通りかかったおばあさんが、そう声をかけてくれた。
 翔太は、反射的に背筋を伸ばす。

「ありがとうございます。お気をつけて」

 その一言に、胸の奥が少し温かくなる。

(ああ、これが“仕事”なんだ)

 誰かの年末を、
 当たり前に進めるための仕事。

 休みを楽しむ人も、
 急いで帰る人も、
 買い物袋を両手に下げた人も。

 その流れの中に、自分が立っている。

 日が落ちるころ、現場は無事に終了した。


「今年も、お疲れさん」

 帰り際、先輩がそう言った。

「はい。
 ……来年も、よろしくお願いします」

「おう。ええ年にしよな」

 翔太は空を見上げた。
 冷たい夜空に、星がひとつ、くっきり光っている。

(来年は、どんな現場に立つんだろう)


 不安もある。
 でも、それ以上に――
 少しだけ、楽しみな気持ちがあった。

 翔太は帽子を深くかぶり直し、
 静かな年末の街を歩き出した。


続く