【第29話】カラーコーン

昼下がりの現場。今日は車道脇での歩道規制。
並んだ赤のカラーコーンが風に揺れ、照り返す日差しを反射して光っていた。

翔太はカラーコーンを黙々と並べながら、心の中でつぶやく。
「こんなの、ただ置いてるだけじゃないか…」


すると寺中さんが声をかけてきた。
「翔太、コーンの間隔は等間隔に揃えるんや。曲がっとったら、人も車も迷う。」
「は、はいっ!」
翔太は慌てて位置を直す。

最初はただの作業に思えたが、寺中さんの目は真剣そのものだった。

しばらくすると、買い物帰りのおばあさんが、コーンの隙間から入ろうとする。
翔太はとっさに立ちふさがり、
「すみません!こちらの通路をお通りください!」
と声を張った。


「えぇ?ちょっとぐらいええやろ。近道やし。」
おばあさんは苦笑しながら言う。

翔太は返す言葉に詰まってしまった。
その瞬間、寺中さんが一歩前に出る。
「おばあちゃん、そこは工事車両が出入りする場所です。
 ここを守らんと、おばあちゃんにケガをさせてしまう。
 わしらはそれを防ぐために立っているんです。」


低く落ち着いた声。
おばあさんはハッとしたように目を丸くして、
「そうなんやねぇ。若いのにちゃんと注意してくれてありがとう。」
と翔太に笑顔を向けた。

その笑顔に胸が熱くなる。
さっきまで「ただの三角コーン」としか思っていなかったものが、
急に重みを持って見えた。


——あの一本一本が、人と危険を分ける境界線。
——その境界を守るのが、自分たちの仕事。

夕暮れ、作業が終わりカラーコーンを片づけながら、翔太は空を見上げた。
赤い夕陽に照らされたコーンが、まるで仲間のように並んでいる。

「ただの三角じゃない。
 俺が守るべき、“安全のしるし”なんだ。」

少し誇らしげに口元を引き締める翔太を、寺中さんは横で静かに見守っていた。


つづく