【第18話】翔太の警備日誌|資格だけでは、、、

交通誘導警備業務2級の資格を取ってから、翔太は初めて「チームをまとめる現場」に入ることになった。
場所は郊外にある大型ショッピングモールの駐車場改修工事。5人編成のチームで、改修工事のため封鎖されたエリア周辺の車両と歩行者を安全に誘導するという内容だった。


「お前が隊長や、翔太」
そう任されたとき、翔太の胸は高鳴った。「よし、資格も取ったし、ちゃんとやれるはずだ」と。

前夜遅くまで配置図を作り、隊員の役割を考え、朝も早くに現場入りして準備したつもりだった。

しかし――現実は甘くなかった。

午前9時、モールが開店すると、次々に車が押し寄せてきた。
工事車両、買い物客、搬入業者、そして小さな子どもを連れた家族…。
予想外のルートから車が入ってきたり、業者が予定と違う時間に来たりして、現場はみるみる混乱していった。

「すみません! どっちに進めばいいんですか!?」
「こっち、工事してるんちゃうの?」
「えっ…あの…少々お待ちください!」

翔太はパニックになりかけた。


そこに、制服姿の小柄な男が、ゆっくりと現場に入ってきた。
寺中さんだ。

「おい翔太。どうした? 朝の段取り、施工管理と確認済ませたか?」

翔太は、言葉に詰まった。

「…いえ、モール側のオープン時間だけ見てました。工事車両の搬入時間は…思ってたより早くて…」

「段取りいうのはな、“ひとつの情報”だけやなく、“流れ”を読むんや」
寺中さんは、静かに続けた。

「資格は、最低限の“守り”や。だがな、現場はそれだけで回らへん。周りと“繋がる力”、そして“先回りして流れを作る力”が隊長には求められる」

そう言って寺中さんは、スッと業者とモールの管理担当をつかまえ、声をかけていく。
誘導員の配置も一部変更し、封鎖エリアを仮開放する時間帯を作り、歩行者導線を臨機応変に再設定。
15分後には、あの混乱がまるで嘘だったかのように落ち着いた空気が流れていた。


翔太は、ただ見つめていた。
――何が違う?
俺には資格がある。でも…この対応はできなかった。

その日の夕方。現場の片づけをしながら、寺中さんがぽつりと言った。

「翔太、段取りってな、最初にやるものと思われがちやけど、“つねに更新するもん”やねん。目の前の動きを観て、流れを読みながら動かす。だからこそ、現場は生き物や」

翔太は、深くうなずいた。


翌日。翔太は1時間早く現場に入り、周辺の導線を歩いて確認し、管理者に搬入時間の確認を取り、隊員には時間ごとの“流れの変化”まで説明した。
配置図には、昨日にはなかった“時間ごとの対応案”が書き込まれていた。

その姿を見て、寺中さんは少しだけ微笑んだ。

「お前、ええ顔になったな。現場の顔、やな」

翔太は照れ笑いを浮かべながら、静かにうなずいた。
――資格は入口だった。現場で生きる力は、そこから先の“気づき”と“段取り”にあったのだ。


つづく