【第13話】翔太の警備日誌|伝わらなかった言葉、思い

その日は土曜日。
翔太は、大型ショッピングモールの出入口で立哨業務に就いていた。
家族連れやカップル、買い物袋を下げた人々が、絶え間なく出入りしていく。
明るく、にぎやかで、どこか気持ちもそわそわする――そんな場所だった。

(ここは現場とは違う緊張感があるな…)
慣れない空気に少し圧倒されながらも、翔太は姿勢を正し、周囲に目を配る。


そのときだった。
エスカレーターへ向かおうとした年配の女性が、つまずくように体を傾けた。
翔太は反射的に一歩踏み出し、声を出した。

「だ、だいじょうぶですかっ…!」

だが、その声はモールのざわめきにあっけなく吸い込まれた。
すぐ近くにいた通行人が女性を支え、事なきを得たが、翔太は胸にモヤモヤを抱えたままだった。

(俺、ちゃんと反応したのに……)


モールを後にし、制服のまま帰路についた翔太は、ふと、あの時のことを思い出す。
あの、片側交互通行の現場でのことだ。

――何度も誘導棒を振ったのに、トラックが動かなかった。
――無視されたと思った。
――でも、それは本当に“無視”だったのか?

(違う……。俺、“伝えて”なかったんだ)

動作だけして、「伝えたい」という気持ちを乗せていなかった。
声も、表情も、目線も、気持ちがなかった――それじゃ、伝わるはずがない。


翌日、翔太はまたモールでの勤務に立った。
今度は出入口の段差で、ベビーカーを押す若い母親が困っていた。

翔太は迷わなかった。

「お手伝いします! お気をつけてくださいね!」

その声は、ざわめきの中をしっかり届き、母親の顔に笑顔が浮かぶ。
頭を下げられた瞬間、翔太の胸にも温かいものが広がった。

(そうか…これだったんだ。あの時、俺に足りなかったもの)

伝わらなかったのは、動作じゃない。
“伝えよう”とする心――その一歩だった。


つづく → 第14話:静かな一日