【第2話】翔太の警備日誌|雨の夜、イベントの守りびと
「雨か……」
4月に入ったばかりのある夜、翔太は支給されたカッパのフードをかぶり、駅前広場で開催されている地域イベントの警備に立っていた。照明に照らされる会場のアーケードには、傘を差した人々が行き交い、にぎやかな音楽が聞こえてくる。
今日の持ち場は、搬入口のゲート前。来場者が間違って入らないよう、ただ立ち続ける――それが任務だった。
「夜の警備って、昼より人が少なくて楽なんじゃないかって思ってたけど、全然違うな……」
疲れが足に溜まりはじめたそのとき、背後から声がした。
「お疲れさま。寒くないか?」
振り返ると、事務所でよく見る先輩――坂上さんが立っていた。今日は現場確認に来たらしい。いつもはオフィスでパソコンを操作している姿が印象的だが、実は現場経験も豊富な先輩だと聞いた。
「坂上さん、こんばんは。だ、大丈夫です!」
「そうか。でも手袋の締めが甘いぞ。そこから冷える。あと背筋な、曲がってると、見てる方が不安になる」
ビシッと言われて、翔太は背筋を伸ばした。
「……はい!」
坂上さんは少し笑ってから、言葉を続けた。
「イベントの夜ってのは、いろんな意味で気を抜いちゃいけない。酔った人、トラブル、搬入遅れ……。でもな、君たちは“現場の看板”でもあるんだ」
「看板、ですか?」
「そう。警備員の制服を着てそこに立ってるだけで、人は“あ、ここは大丈夫だ”って思ってくれる。逆に、不安そうな顔してたら、安心できるか?」
翔太は首を横に振った。
「それが“存在の価値”ってやつだよ。警備って、“動かずに守る”って意味、あると思わないか?」
雨音の中、坂上さんの言葉がじんわりと胸に染みた。
「坂上さん、ありがとうございます。なんか……少し、わかった気がします」
「おう、ならよし。あとで報告書に“カッパ破れてた”とか書くなよ。経費、出ないからな」
「……それは、はい(笑)」
――こうして翔太の雨の夜の任務は続いた。初めて「立つことの意味」を、ほんの少しだけ理解しながら。
つづく → 第3話:誘導の基本、足元から