【第1話】翔太の警備日誌|はじめての現場
春の雨が舗装された道路をしとしと濡らす朝。
制服の襟元をそっと正し、翔太はエムズライフの事務所の前に立っていた。
高校を卒業してから、初めての仕事。
母の介護を手伝いながらも、「自分で稼ぐ」ことに意味を感じてこの道を選んだ。
「おはようございます!」
声が少し大きすぎたかもしれない。でも、元気よく挨拶をしたかった。
現場配備を担当している二浦部長が、笑顔で近づいてくる。
「翔太くん、今日が初出勤やな。雨やけど、いいスタートになるで」
「はい!お願いします!」
渡された地図には、国道沿いの道路工事現場。
しかも、寺中さんというベテラン警備員とペアらしい。
現場に着くと、寺中さんがすでに立っていた。
びしょ濡れの制服に、真剣なまなざし。だけど、どこか優しさもある。
「おう、新人か。翔太くんやな?」
「はい!よろしくお願いします!」
「まあ、最初は緊張するやろ。でもな、“命を守る仕事”やって意識は忘れんなよ」
翔太は、胸がじんと熱くなった。
午前中は、車通りの少ない側道で交通誘導の基礎を学んだ。
ところが昼過ぎ、幹線道路に近いエリアに移動した時だった。
一台の軽トラが、誘導を無視して突っ込んできた。
「危ないっ!!」
寺中さんの怒声が響いた。間一髪でガードマン用のコーンを蹴飛ばして止まった軽トラの運転手は、窓を開けて怒鳴った。
「何しとんねん、どけやコラァ!」
翔太は硬直した。けれど、寺中さんは冷静だった。
「すみません、安全確保のためです。ご協力お願いします。」
その一言で、運転手はぶつぶつ言いながらも発進していった。
そのあと、通りすがりの主婦が声をかけてきた。
「若いのに、雨の中ご苦労さまね。気をつけてね」
その言葉に、翔太はふっと肩の力が抜けた。
帰りの車内で、寺中さんがぼそっと言った。
「な、たった数時間やけど、“警備”ってちょっと深いと思わへん?」
翔太は、うなずいた。
「はい……思ってたより、ずっと責任のある仕事です」
その夜、母に報告した翔太は、少しだけ胸を張っていた。
つづく → 第2話:雨の夜、イベントの守りびと